「――もう必要ない」
クマ子が生徒会室前で聞いた彼の一言だった――
*
ラントとの下校時の妄想で浮ついた気分のクマ子が生徒会室の扉に近づくと、ラントと副会長の参歩ツトムが話している声が聞こえてきた。
「そういえば……先ほどY研のメンバーが学園長室に入っていくのを見かけました。
もしかして先日会長が学園長に提言した件でしょうか?」
「ああ……おそらくそうだろうな。」
(えっ!?さっきの件はラントくんが学園長に提言していた……?)
少し驚いて扉の前で静かに続きを聞くことにするクマ子
「……学園長ならわかってくれると思っていた。」
超エリートマンモス高・Y学園の生徒会長ともなれば学園長とも対等に意見交換する。
そこに彼の、中学二年生とは思えない凄まじさがある。
「しかし……いいんですか?」
「何がだ」
「もしY研がYSP研究をやめれば……もう変身ウォッチを開発してくれなくなる、ということでは?」
「それでいい」
あっさりとラントは答える。
「少なくとも私には――もう必要ない」
はっきりと言い放ったその言葉に、クマ子の浮ついていた心がスッと冷静になっていく。
「今までY研がYSPを研究していたのは、人類の防衛という明確な目的があったからだ。」
「地球が宇宙人に滅ぼされてしまうかかもしれないという危機感から、研究への強い意志と覚悟があった」
クマ子も頭では分かっていた。
だから、次に続く言葉はなんとなく想像がついた。
「だが今はどうだ。明確な脅威がない以上、もはや人類の防衛という目的はない。
なのに取り扱う力はさらに強大になっていく。」
「自分たちがどうしても行いたい研究というのならまだしも、もしそうでないのなら……、
生半端な覚悟でこれ以上強大な力を取り扱うべきではない、と私は考える。」
「それでもし何か事故があったりしたら……、学園にとっても非常に危険な脅威となるからな。」
「なるほど…さすが会長…納得しました。」
と何度もうなずきながら感激する参歩に
(…………。
危機感のなくなったクマ子がドジをやらかして何かあったら心配だっただけ……というのは黙っておこう。)
学園の為と言いつつ、私情を挟んでしまった後ろめたさで、少しばかり目を合わせられないラントであった。
だがクマ子はそんなラントの心配には気づかない。
淡々と述べられた事実だけが彼女の心に刺さっていた。
(…………。「もう必要ない」……か…………。)
結局その後は約束通り一緒に帰ったのだが、先程の一言が刺さったまま心あらずになり、正直どんな会話をしたかも覚えていない。
自宅でベットに横たわりながらこれまでのことを考える。
「確かに……ウチがウォッチを作り始めたのはラントくんの為だったのよね……」
学園に入ってからも、エイリアンに対抗するため…それがラントくんのためになると思って必死に研究し続けた。
ラントくんはきっと見抜いている。
私の研究は、目的に「自分」がないのだ。
目的をラントくんに依存している。
それに対するかのように、ウォッチを必要ないと言い切ったラントくんは、もはや辛い過去を乗り越えて、前を向いている。
喜ばしいことのはずなのに……少し……置いて行かれたような悲しい気持ちになってしまった。
クマ子にとって、ウォッチは今まで研究以外何の取り柄もない自分とラントくんを繋いでいてくれた唯一の絆だった。
現実では彼に拒絶され辛い時も、彼が必要としている力になれているのだと思うと、それだけで心が慰められた。
だがラントはもうクマ子の研究を必要としていない――それは研究では彼の力にはなれなくなるということ。
彼を研究で支えることに幸せを見出していたクマ子には、急には受け止められない事実であった。
(そういうところ、きっとすごく重いよね……ウチ……)
(ウチも前を向いて……自分のこと考えていかなきゃ……)
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